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2021.08.19

失笑が拡散 史実を歪曲し勲章を追送した韓国大統領の発言

    
 韓国メディア・マネートゥデイは8月18日、左翼政権を率いる
   文在寅(ムン・ジェイン)大統領
が17日、北朝鮮の共産党と手を結び、自由民主主義を志向して独立運動に参加した多くの朝鮮人を
   銃殺などの処刑
を繰り返しスターリンらの工作を受けて活動した
   洪範図(ホン・ボムド)
の遺骨が15日返還され、建国勲章大韓民国章を授与したと報じた。
 文大統領は同日の午前、大統領府の忠武室で行われた式典において、「洪将軍は日本軍も『空を飛ぶ将軍』と呼んで恐れたほど勇敢だったと史実とは全く異なる戦果を用いて説明した。
 洪範図は、日本による植民地時代の1920年に旧満州で朝鮮独立軍が日本軍と戦って勝利を収めたと戦果を誇張して情報宣伝した「鳳梧洞(ポンオドン)戦闘」の功労者としての象徴に祭り上げた、抗日武装闘争の象徴的な人物として作り変えられている。
 
 ただ、22年にはソ連の共産党に入党するが、スターリンの朝鮮人制移住政策によりカザフスタンに移住した後、43年10月25日に75歳で死去した。
  
 建国勲章とは韓国の建国や国家の礎を築く上で顕著な功績を残した人に与えられる勲章だが、与え方が恣意的だとの批判が起きている。
 
 もともと、1910年(明治43年)に李氏朝鮮の開明派による工作が成功し日韓併合後、これに不満を持つ一部の朝鮮人が、日本の支配を逃れて近隣の中国及びロシア領内に亡命した。
 
 1919年(大正7年)、第一次世界大戦後の
   民族自決
の機運の高まり朝鮮各地で独立を訴える
   三・一運動(独立万歳運動)
が起こると、満州の間島と呼ばれる朝鮮人居留地域において、独立軍と総称した朝鮮独立運動に関わる武装組織の活動が活発化した。
 
 これらの武装組織は、居留朝鮮人から金品や食料を強制的に巻き上げたり、徴兵を無理やり行うなどの蛮行が見られるなど中国官憲やロシア赤軍過激派の影響を受け武装し凶暴化していった。
 
 日本側は武装組織に関わる朝鮮人を「不逞鮮人」と呼んでいた。1920年(大正9年)に入ると、ゲリラ事件が相次いで起きている。

 なお、同年3月から5月にかけてアムール川の河口港が冬期に氷結して交通が遮断され孤立した状況のロシア
   ニコラエフスク
を、パルチザン部隊4,300名(ロシア人3,000名、朝鮮人400 - 500名名、中国人900名)が急襲占領し、ニコラエフスク住民に対する略奪・処刑を行うとともに日本軍守備隊に武器引渡を要求した。
 
 これに対して決起した日本軍守備隊を中国海軍と共同で殲滅したのち、老若男女の別なく数千人の無抵抗なロシア市民らを虐殺した。
 虐殺された住人は総人口のおよそ半分、6,000名を超えるともいわれる。
 また、日本人居留民、日本領事一家、駐留日本軍守備隊を含んでいたため、国際的批判を浴びた。
 このうち、日本人犠牲者の総数は判明しているだけで731名にのぼり、ほぼ皆殺しにされた。
 
 なお、同年1月4日には「大韓国民会」を称する武装組織が、朝鮮銀行会寧支店から竜井出張所へ輸送中の朝鮮銀行券15万円を掠奪し、同年3月15日には朝鮮人3人により平安北道宣川郡泰山面面長及び面書記を銃殺、同年5月には琿春「韓民会」の金雲瑞が率いる十数人により慶源西方で郵便配達員が襲われ憲兵を殺害するなど武力行動を引き起こしていた。
 同年6月4日午前5時に穏城郡南陽対岸の三屯里から
   朝鮮人武装組織50人
が豆満江を渡河して日本の警察憲兵及び守備隊を急襲し銃撃戦となった。
 
 武装組織は反撃され三屯里の民家に退却した。
 なお、日本側の損害はなく、武装組織は1人戦死、2人が負傷、2人を捕虜としたうえ、小銃2挺、小銃弾245発を残し敵げていったという。
 
 日本陸軍の第19師団は、この事件の背後に組織的な敵対的な集団があるとみて安川少佐率いる歩兵2個中隊が追撃した。
 
 同年6月7日に汪清県鳳梧洞で家屋内から射撃する朝鮮パルチザンと4時間にわたり戦闘を行った。
 日本軍の戦死者は1人、武装組織は遺棄死体33人以上を残し退却、捕虜8人を捕らえた。
 
 この鳳梧洞の戦いでは屋内に残された朝鮮人女性4人、子供1人が負傷している。
 ただ、この戦いを宣伝工作に利用しようと上海の大韓民国臨時政府が
   「我が軍の大勝利」
と虚偽の戦果を作り出したうえ
   図們江軽便鉄道占領説
など誇大な戦果の宣伝発表を行った。
 その後も韓国政府はこの戦いを戦果が誇張され、虚偽の戦果を信じ続けた結果が今回の勲章の授与と韓国内でも指摘を受け、失笑が広がっている。

 同年8月には、朝鮮総督府の嘱託により馬賊の長江好が率いる1,500人が柳河県三源浦の朝鮮パルチザンの根拠地を襲撃し、その首魁20人余りを捕えて銃殺した。
 同年9月には、日本の要求に答えた馬賊
   張作霖
が孟富徳に朝鮮パルチザン討伐を開始させ、その退去命令により金佐鎮率いる北路軍政署の一団は安図県方面へ移動を余儀なくされている。
   
   

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